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こちらの記事は、情報確認等のため下書きに戻した記事を再度アップしたものです。新着として表示されてしまいますがご了承ください。
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今回は、桐生にある加茂神社へ行ってきた。
節分に行われる「御篝神事」の下見というか、こちらは夜にやる神事なので境内散策は難しいだろう…ということで、今回は別日の日中に行った加茂神社自体について書いていく。
では、地元から上電(上毛電鉄 )に乗って、早速出発。
加茂神社への道のりは長い
終点・西桐生で一旦下車。徒歩数分のJR桐生駅へ移動して、両毛線で小俣駅へ向かう。
今回の目的地は群馬県桐生市にある賀茂神社なのだが、どっこい最寄り駅は桐生でなく栃木県足利市にある小俣駅なのである。
小俣駅から加茂神社までは徒歩30分ほど。比較的大きな通りに沿って歩く。
すると、途中で「伏見稲荷神社」を発見。交差点近くに、かなり立派な鳥居がドーンと立っている。
訪れた日は人の気配はなかったが、境内には「以学文庫」と書かれた個人図書館のようなものがあり、社務所にはお守りもきれいに並んでいた。
鳥居や授与所のわりに社殿は小さいが、全体的にキレイになっていて氏子さんや宮司さんに大事にされてる感があった。
さらにしばらく歩くと、この橋から向こうは群馬県桐生市。
群馬県から行ったのに群馬県にあらためて入るのは変な感じもするが、この辺は県境で入り組んでいるから直進しているだけで群馬と栃木を出たり入ったりすることになる。
(´・ω・`)
賀茂神社に到着
川を渡ると、住宅地へ突入。道、合ってんの…?と不安になっていると、「賀茂神社 旧参道」という立て札が現れた。そして公民館を過ぎ お寺に差し掛かったところで…
見えた!奥に鳥居が!そして鎮守の森が…予想より大きい!
賀茂神社
さて、こちらがメインの賀茂神社。桐生には、天満宮や美和神社などなんとなく近畿からお呼びした神様が多いような気がする。
この賀茂神社も「3世紀ごろに豊城入彦命が山城国の賀茂神を勧請した」と伝わっているという。おそらく、現在京都にある賀茂御祖神社(通称・下賀茂神社)と賀茂別雷神社(通称・上賀茂神社)から、ということだろうか。
※以前、群馬の八ノ宮・火雷神社の記事では、この桐生にある賀茂神社について「奈良の高鴨神社から」と書いたが、高鴨神社の主祭神はアジスキタカヒコネである。
こちらは上述のとおりワケイカヅチが主祭神ということなので、高鴨でなく上賀茂神社からお呼びしたというコトになるのではないかと思う。
神社って例祭の日以外は閉まっていることも多いのだけど、ココは結構オープンな感じだった。提灯の神紋は「二葉葵」。
祭神は、賀茂別雷命(かも-わけいかづちの-みこと)。京都・乙訓坐火雷神社の祭神・ホノイカヅチの子とされている。
ワケイカヅチの母・タマヨリヒメは、賀茂川で流れてきた丹塗矢を拾って持ち帰った。この矢が実はホノイカヅチであり、寝所に矢を置いておいたら懐妊したという。
そんなこんなで生まれたワケイカヅチだが、肝心のタマヨリヒメも誰の子だかわかっていなかったとか。そりゃそうだよね。矢を持ち帰っただけなんだから…。
そんなある日、宴会をしていたタマヨリヒメの父・タケツヌミは、よちよち歩きの孫・ワケイカヅチに杯を持たせて言ってみた。
「この酒はおいちいから、おまえのパパにもあげようねー」
するとなんとワケイカヅチは屋根を突き破って空へ!これにより雷神であるホノイカヅチが父親だと分かったとさ。というお話。
ちなみに、ワケイカヅチの名前の解釈としては
①「別雷」稲妻を別(わか)つほどの力を持つ神
②「若雷」若々しく力のみなぎる雷の神
などがあるらしい。
さて、拝殿横を通り本殿のほうへ進むと、燈籠↓発見。造立年が分かるものでは桐生最古(1378年)の石燈篭だそうで、何気なく立っているが市の指定文化財である。

そして本殿↓。「本殿は小さくてシンプル」という神社も多いが、群馬県内には意外と彫刻が豪華な本殿がある。賀茂神社も、このとおり本殿は全面彫刻だった。
彩色もちゃんと残っているみたいだけれど、修復とかしてもらってるのだろうか。特にベンガラ色の部分は色も彫刻のエッジもしっかりした印象だった。
境内の摂社・末社たち
賀茂神社の敷地はそれなりに広く、境内には小さな祠などがたくさんあったので載せておく。(ここまで長かったのでサラッと行きたい)
賀茂御祖神社
賀茂神社から一旦鳥居まで戻ると、メインの鳥居とは別に鳥居があることに気付く。扁額に「賀茂御祖神社」と書かれており、賀茂御祖=かも-みおや と読む。
京都の下賀茂神社と同じと仮定すれば、祭神はカモタケツヌミ(賀茂建角身)・タマヨリヒメだろうか。先程の話に登場した、ワケイカヅチのおじいちゃんと、お母さんである。
日本神話に詳しい方は「あれ?お母さんはトヨタマヒメの妹?」と思うかもしれない。私もそう思った。しかし、実はタマヨリヒメというのは特定の女性の名前ではないのだとか。
魂(たま)の依代(よりしろ)となることができる女性、つまり巫女的な性質のある女性たちをこう呼ぶらしい。
参考:小学館「大辞泉」(1995)
また、ワケイカヅチの祖父にあたるカモタケツヌミは賀茂氏の祖先にして カミムスビの孫。そして神武天皇を導いた※日本建国の立役者ともされる。
※光を放ってナガスネヒコの目をくらませた金鵄なのか、熊野から大和への道案内をした八咫烏なのか方々で混同されているが、結局どちらもタケツヌミの化身だとされているものが多い。
八坂神社
賀茂御祖神社の左手には「八坂神社」の扁額がかかった鳥居があった。
祠は3つ。真ん中は祠の扁額に「天王社」と彫られている。なので真ん中は牛頭天王(もといスサノオ)が祀られているのだろう。
京都の八坂神社は、現在は中御座(中央)にスサノオ。東御座に妻であるクシナダヒメ・カムオオイチヒメ・サミラヒメ。西御座に8人の息子と、義父母にあたるクシナダの両親(アシナヅチ&テナヅチ)が祀られている。
なので、ここの場合も両脇はスサノオの家族たちが祀られているのか?
【2019/6/23追記】
…と思っていたのだが、再度 賀茂神社へ行く機会があり再確認したら、向かって右の祠は天満宮と書いてあるようだった。(扁額の文字は不明確なものの、祠側面に梅が彫ってある)
向かって左の社殿は、扁額の文字や側面が抉られたような傷つき方をしていてやはり何神社だかわからなかった。
香取社・香取社
本殿右奥には、関東の地震除けコンビ・鹿島&香取社があった。祭神はフツヌシとタケミカヅチと思われる。
2つだけ並んでいるように見えたが、奥まで行ってみると両脇にも小さな祠がズラリと並んでいた。
2つの祠の横にある石塔は…一文字目がうまく読めない。土?丑?立?そして3文字目も微妙。幸?桒?
近くにあった祠には、お稲荷様っぽい装飾。
この季節はこういう奥に分け入っても、全然 蚊も蜂もいなくて本当に平和ですね
(/・ω・)/!
さて、境内の地形も大体わかったので、あとは節分まで風邪をひかないようにして御篝神事に供えるぞ。と意気込む管理人だった。
御篝神事の記事はコチラ↓