映画館で二度目の「君の名は。」を見てきた。何度見てもいいなぁ。
前回の記事↓ではネタバレを避けて感想だけ書いたが、君の名は。 - とまのす
今回は文脈上ネタバレが避けられない感想も多いので読む際はご注意いただきたい。というわけで、映画を見ながら考えたことを書いていきます。
宮水家と三葉について

ヒロインである三葉の苗字は「宮水」。これだけでも水に関連する神社という感じはするが、加えて三葉が神楽を奉納した時の装束は龍の髪飾りに、龍が巻き付いたような意匠の鈴だった。
龍や蛇というのは一般的に水の神の化身とされることが多い。そこから考えても ほぼ間違いなく、宮水神社は水とその神様を祀る御宮なのだろう。
そして、三葉の名前は「みつば」ではなく「みつは」と読む。これも水の女神であるミヅハノメから取ったのでは?という名前だ。
ミズハノメは、多くの神を産んだイザナミから生まれた。炎の神を生んだことでやけどを負い、苦しみながら死ぬ間際にその尿から生まれた女神である。
三葉の母親がすでに他界してしまったというのも、なんとなくそれを連想させる。
死んでゆくイザナミと産まれるミヅハノメ。神という清い存在の死という穢れ。尿という汚物から生まれた清らかな水の神。
その正と負のあわいに生まれた女神の名を持つ「みつは」だからこそ、過去と未来・男と女・生と死という真逆の事象の中を行ったり来たりできるのでは…なんてのは妄想し過ぎだろうか。
「かたわれどき」と糸守
作中で、三葉の祖母は三葉の作った口噛み酒を「アンタの半分」と表現する。
このセリフと、作中で後々起こる出来事を合わせると、口噛み酒を作るということは自分が失われても残る「自分の半身」を作る一種の呪術を行使することなのだと思えた。
不思議な「入れ替わり」の夢を見るのは代々水宮家の女性である。また、口噛み酒を奉納できるのも同じく水宮家の女性だけである。なので、入れ替わりの能力は水宮家だけのものだとも考えられるのだが…
「黄昏(誰そ彼)時」を意味する「かたわれどき」は糸守全体に浸透している方言であるし、瀧が図書館で借りた本に「糸守の伝統工芸」として三葉たちが作っていた組紐が取り上げられている。つまり、もとは集落皆が組紐を作ることができたのだ。
考えようによっては、今は宮水家にしか残っていない「入れ替わり」や「組紐」といった能力や文化は、以前は糸守の皆が多かれ少なかれ持っていたものなのではないか。
それが約200年ほど前に起きたという「繭五郎の大火」以来、その方法も使い方も失われて宮水家にかろうじて形だけ残ったとも考えられる。
謎なのは、この大火の規模と被害。「宮水家に伝わる書物も皆焼けたので、今や口噛み酒の意味は誰も分からない」と三葉の祖母は言う。
昔の水宮家の人たちはその意味を知っていたというなら、書物が燃えただけでなく宮水家の大人たちは火災で死んでしまったのだろうか。書物が燃えても人が生き残れば口頭で伝えたり再び文書に起こすことができたはずではないか。
それとも、詳細を記してある書物を代々守ってきたが、記してある内容は知らないまま大火に遭ったのだろうか。
糸や組紐というのは、作中で三葉の祖母が使う言葉「ムスビ」の象徴でもあるのだろう。「糸守」という名の村で、その糸の原料となる「繭」の名を持つ繭五郎が大火を起こしたことにはきっと作品的に意味があるはずなのだが…。
三葉が母が死にかけたことで産まれたミヅハノメならば、繭五郎はイザナミに大火傷を負わせたカグツチなのだろうか。だとしたら、繭五郎の大火が三葉の「入れ替わり」に何か一役買っているんだろうか。
それとも単に伝統(神、イザナミ)を殺しかけた男(男神、カグツチ)と、その消えかけた伝統の中に生まれてきた少女(女神、ミヅハノメ)というだけの話なんだろうか?
この辺はガイドブックでも買った後でまた要検討ですな。
時系列と宮水神社について憶測
作中では、今回だけでなく過去にも糸守地区に隕石が落下したことが判明する。
その前回の隕石の様子を描いた壁画のようなものが、水宮神社の奥宮と思われる場所に残っている。この場所には社殿のような豪華なものはなく、大きな石があるだけだ。
様子としては、社殿を構えた神社などが成立する以前に祈りの場所や祭壇とされた「磐座(いわくら)」のような感じだった。
映画を見たときは「磐座の内部に絵を描くなんて、前回の隕石落下はかなり原始的な時代の出来事なんだろうか」と思った。
しかし、作中で三葉の同級生が検索した記事に「糸守湖は1200年前の隕石落下によってできた隕石湖」と書いてある。つまり、今回の話は2013年という設定なので、前回は813年ごろということだろうか。
その時代であれば、もう世の中には現在に近い形の神社は存在したはず。だが、ここが山深い村であったことや山頂付近であることを考えれば、この地域の祭祀は神社より古い形態を残していた可能性もある。
1200年前の彗星落下の際に岩の下に隠れた村民、もしくは宮水家の誰かがその様子を岩陰の天井に残したのだろうか。
それか、作中に登場はしないが「彗星を見ていないはずの時代の誰か」に対し彗星を見た水宮家の女性が「入れ替わり」を行って彗星落下の事実を後世に伝えるために岩に彗星を描かせた可能性もあるな。
(…と思うのは、1200年前の絵にしては色彩がはっきり残っているためだ)
おわりに
そういえば、作中で代々続く神事とド田舎にうんざりした三葉が神社の階段を下って糸守湖に向かって叫ぶシーンがある。これは、つまり水宮神社の参道がまっすぐ糸守湖の方を向いているということだ。
なんとなくだが、これが長野の諏訪大社と諏訪湖の位置関係にも似ていて、長野出身の新海さんらしいような気もした
前回見た時よりは「〇年前」とか人の名前や神社と周辺の位置関係を気にして見ていたつもりだったが…全然、考えてもわからないことがいっぱいである。
これはもう、3回目を見に行くしかない!
(/・ω・)/ヨッシャ