
今回は、管理人が好きな宮型霊柩車のことを少しお話したい。とは言いつつ、いつも通り脱線しまくって途中で死に関する習俗にも触れていくことになったので…宮型のことだけ知りたい!今の私には「死」はちょっとセンシティブすぎる!という方は
「死後はすべてを逆にする」
「末期(まつご)の水と湯灌と」
の2つの見出しは飛ばしてお読みくださいね。毎度毎度、自由に脱線しまくって申し訳ない…。
霊柩車とわたし
昨日、私が出かけている間に両親はテレビを見ていたらしく、家に帰るなり「あなたの世代は豪華な霊柩車なんてもう無かったっけ?」と訊かれた。豪華とは一体…。
いろいろ考えてみるが、そういえば最近洋型が多いかも。豪華なやつとは宮型のことかもしれない。
「神輿みたいなやつなら、高校くらいまではよく走ってたよ」と言うとあら、まだあったのねぇ。と言っていた。いや、自分が小学生の頃までうちの親戚の葬儀も宮型だったやん…。
というのは置いておいて、私は小学生の頃からあれが好きだった。単純に形がスゲー!かっこよ!というのもあったが、あれは管理人を地獄の恐怖からすくってくれた車なのである。
どういうことかというと、管理人は幼稚園の頃に祖父の菩提寺で「絵本 地獄(じごく)」という絵本を読んでしまった。絵本とはいえ、あるお寺が所蔵している地獄絵図を書籍化したもので児童が読む「絵本」のような優しいものではないのである。そのせいで幼稚園時代の管理人は日々地獄におびえながら過ごしていた。
(ノД`)・゜・。
それを救ったのが宮型霊柩車である!小学生になるまで「地獄怖い。やばい。でも、嘘もついたこともあるし絶対死んだら地獄決定だな」としょんぼりしていたのだが、だんだん葬儀の意味も分かってきて、あれに乗り込む親戚の棺を見たときに思った。
「ああ、あの場所に落ちないように、こんなにいろんなことをして送り出してくれるのか」
そしてそれから地獄に怯えなくなったのである。
やったね(∩´∀`)∩
今思えば、本当に葬送儀礼というのは(もちろん、亡くなった人のことを大切に思っているからするのではあるだろうけれど)生きている人のためのものなのかもしれない。
妖怪も怨霊も、よくわからなくて怖いものすべてに姿を与えてきた人間が、一番丹念に姿を与えたのが死後の世界ではないかと思うくらいだ。姿を与え、そちらの世界でよりよく過ごすための儀式を整え、やっといくらか冷静にとらえられるのかもしれない。
宮型霊柩車は減っている
そんな宮型霊柩車が、最近人気が無い(というか減っている)と最初に知ったのは
この本である。
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奇しくも、私が高校時代に読んだ(私の中では初めて霊柩車について詳しく知った)その本の増補版だった。
懐かしいので手に取ってみただけだったが、増補版で何が変わったかというと…以前よりも章が増えていて、その最終章こそ「消えゆく宮型」というタイトルだった。ぜひ読んでみてほしい。
そして、そんな「宮型が減っている理由」についてもう一つ詳しく書いてある本がコチラ。
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この本は「霊柩車の誕生」の著者・井上章一さんが銭湯研究の第一人者・町田忍さんと一緒に書いたのがなのだが、この町田忍さんへのインタビュー記事によれば単純に「見るのがイヤ」という住民からの苦情が来るんだそうだ。
そしてその背景には、田んぼや畑が減ったことも関係しているという。つまり、いままで葬儀施設というのは大体民家から離れた田んぼの真ん中にあったのだが、農業離れが進むとともに田んぼの土地を住宅を建てたい人に売るということが起きてきた。
すると、葬儀場や火葬場の付近にも人が住むことになる。そこに霊柩車が乗り付けてくると嫌なんだそうだ…だからなるべく霊柩車と分からない形がいいのだという。
そうでなくとも、火葬場のそばに住む人は煙突から煙が上がるだけで「あの下で人が焼かれているのだ…」と嫌な気分になるそうだ。
まあ、そう言われればそうねという気もするが…病院で働いていて死に関する習俗が意外と身近なせいか「そんなに忌避したら、むしろ死が怖くなっちゃわないかな」と心配にもなるのだった。なんというかそれは、死を受け入れるための心理的クッションになっていた儀礼を否定することだから。
ただ、「煙を見るのも嫌」はともかくとして、知人の祖父から「若いころ、自分の祖父が亡くなって土葬したときは親族で遺体にいろいろしなければいけないことがあって本当に火葬をしない地域なのが嫌だった」という話を伺うと、そういう親族の負担が減るという意味では葬儀の外部化がある程度進むのはよいことなのかもしれないとは思ったりする。
なお、宮型が衰退している理由は上記のような心理的なものや周辺住民への配慮だけではない。実は、あの御宮の部分は実際に宮大工さんが作っているらしいのだ。そのため、そもそも宮型霊柩車は高額だし、それに伴ってレンタル料も高い。そして、老朽化したり破損した場合の修繕も、かなりお高いらしい。
さらには、近年はガチガチの仏式ではない葬儀を望む人も結構いるようで…確かにそこで宮型を使うのは、シンデレラが牛車で城に乗りつけるようなものなので(いや、違うだろ)どんな様式の葬儀にも対応できるタイプを持っていたほうが葬儀社としてもよいということなのだろう。
※最近では、宮型「風」霊柩車というのか、実際に木を組むのでなくプラモデルのような素材で作られた宮型霊柩車もあるらしい。こうみると、やはりニーズの減少というより経済的負担が主な衰退要因なのか…?
死後はすべてを逆にする
そういえば、病院で働いていると死に関する習俗を実行する機会が結構ある。今回のメインは宮型霊柩車なのだが、このブログでもあまり年中「死」について触れるわけではないので、この機会に今や自宅ではあまり見なくなってしまったであろう「御臨終後の色々」を少しだけ紹介したい。(本当に少しか?葬送つながりとはいえ便乗しすぎでは…)
おそらくだが、死にあまり触れたくない人はこの記事をここまで読み進めていない気がするので遠慮なく死の話をしているわけだが…そうゆうつもりでなくここにきてしまった人には本当に申し訳ない
(;´・ω・)
「どうしてくれんのよ!あたしは霊柩車の現状にちょっと興味あっただけよ!」という方は、ここは読み飛ばして次の見出しで外国で活躍する宮型霊柩車などのお話をどうぞ
m(. .)mペコ。
まず、亡くなった後は多くのことや物を「逆」にする。どういうことかというと、身体を拭くためのお湯も「さかさ湯」で作る。浴衣のあわせは左右逆にする。着物のひもはタテ結びにする。布団も上下逆に掛ける。
え?なに?ちょっとまって「さかさ湯」って何。最初からつまづいたんだけど?というのも無理からぬことで、最近は水道からお湯が出るので「熱湯からぬるま湯を作る」という機会も減った。だから何が逆なのかという所からなのだけれど…。
本来、というか昔は、というか人肌のお湯というのは「熱湯に水を足していく」という手順で作るものだった。熱すぎる銭湯の風呂を「水でうめる」ような感じだ。しかし、さかさ湯の場合は水に熱湯を足していくという手順で作るということだ。
さらに、浴衣も通常は「左が前」になるように着るが右を前にして着せる。そして、通常は身支度をするときにリボン結びをするなら「ヨコ結び」だが、これをタテ結びにする。(ちなみに管理人はリボン結びがへたくそでいまだにスニーカーなどタテ結びになってしまう…)
地域によっては着物を前後逆に着せたり、(さすがに上下逆には着せられないので)体の上に上下逆に着物を置いたりするところもあるそうだ。
さらに布団も上下反対に掛ける。こうしてみてみると、小さなころにタテ結びをしたり、布団の上に枕のほうに足を向けて寝転んだりすると「よしなさい、縁起が悪いよ」と言われたのは死を連想させるからなのか…と思ったりした。
末期(まつご)の水と湯灌と
ちなみに、さっき作った「さかさ湯」はどうなったんだ?というと、これで故人の身体を拭く。湯灌(ゆかん)といって、最後のお風呂のようなものだ。単によごれを落とすというだけでなく、これから神様の所に行くので体を清める意味もあるらしい。
ただし、病院では、お湯だけでは落ちない汚れがあったり衛生面もありアルコールで拭くことが増えた。そして、葬送儀礼の外部化とは逆の流れで「ゆっくりとお別れの時間をとる」という考えから、葬儀社で湯灌の準備を整えて足先の湯灌やお顔を拭く部分は親族の手で、というパターンもある。
ちなみに、みなさんお風呂のときは身体の上から下へ洗い進める人が多いのではないかと思うが、ここも逆にして足先から洗っていく。もう、徹底して逆にしていくスタイル。
この「逆にする」という行為は、意味付けとしては亡くなった方の魂が悪いものに取っていかれないように魔除けとして行うといわれることが多い。ただ、もう一つ意味があるとされていて、それは死という非日常な現象を普段とは違うことをすることによって日常から分断することだという。
なお「魔除け」というところで、今どきさすがに布団の上に刀を置くことは減ったかもしれないが、うちの祖父の時は置いてあったと思う(悪い霊は金属を嫌うという。五行説の影響なのか…?)
そして、末期(まつご)の水。これは「最後に水を飲ませてあげる」こと。もちろん、もうゴクゴク飲むことはできないので唇を湿らす程度に水を付けるだけだ。
ほんとうはしきみの葉に水を含ませて唇を濡らしてあげるのだが、まだ割っていない割り箸に脱脂綿を巻いたもので代用することが多い。
「最期に」って、もう亡くなっとるやんと思う人もいると思うが…これはお釈迦様が入滅される直前、弟子に水がほしいと頼んだことに由来するらしい。諸説ありそうだが。まぁ、そうでなくとも冥途への道のりは長いという噂なので、出かける前に水で喉を潤してあげたいというのは故人を想う気持ちの表れでもあるかもしれない。
アジアと宮型霊柩車
おい、霊柩車の話どこ行った?と言われそうなので戻ってきました。
残念ながら日本では人気薄になってしまった宮型。だが、意外なことに東南アジアなどで人気!という噂を聞いた。管理人もそんなに手広くは分からないので、さいきん聞いたことあるものだけ。
まずモンゴル。モンゴルに宮型の存在が伝わったのは、お相撲さんによるところも大きいらしい。白鳳さんや朝青龍さんなどモンゴル出身の力士は多いが、彼らが里帰りした時に「日本の人は亡くなるとすごい車に乗る!」という話をしたことで知名度が爆上がり。宮型の中古を購入する僧侶などもいるそうだ。
両親が見ていた番組の録画を見たが、亡くなった人を乗せるというよりかは普通にお坊さんが乗用車にしていて「布教に使える」みたいなニュアンスのことを言っていた。実際に霊柩車を使っているお坊さんの話では「走る寺だ!」と言った人までいたらしい。
そしてミャンマー。みなさん「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞をご存じだろうか?フィリピンにある財団が毎年地域に貢献した人を選んで贈るのだが。
有名どころではマザーテレサやダライ・ラマ、日本人では平山郁夫、緒方貞子、黒澤明、石牟礼道子などが受賞しているらしい(敬称略で失礼します)。
※有名どころを挙げたが、もうちょっと小規模に自然農法や病院などで受賞している人も居る。
その賞を去年受賞したミャンマーの俳優さんは、無料葬儀を提供する事業を行い「貧富や宗教に関わらず葬儀を行う尊厳を提供した」としてこの賞を受賞したそうだ。その儀業を紹介した写真に宮型霊柩車が!
そして台湾では、中国から入ってきた「中式」霊柩車と日本の宮型「日式」を使い分けているとか。
中国のモノはトラックを塗りなおした感じのモノや黄色くて背の低い護送車(?)みたいなモノなど調べてみるといろいろな色や形があるけれど、結構遊覧バスみたいに中が見えているものが多かったりした。
ネットで見つけた記事によると、仏教徒は中式が多くキリスト教徒は日式(=宮型)が多いのだそうだが…
なんでやねん( ゚Д゚)!
台湾の人にとっては「中国」は仏教色強いけれど、「日本」は外国枠というか異文化枠ということなのだろうか。教会に宮型霊柩車が停まる光景…想像しただけで違和感なのだが、台湾的には宮型がどうゆうイメージで使われるのか、これは理由を知りたいところ。
そして最後にフィリピン。なんか、フィリピンの霊柩車かわいいんですよ。レトロ。これは日本の霊柩車が使われている例じゃなくてフィリピン式なのだけれど、比較的日本の宮型に近い形な気がする。形はレトロバスみたいのや馬車のまであるそうな。
なお、多くの国で葬送といえば黒のイメージが強いが、フィリピンの霊柩車は白基調のものも多いらしい。
余談:故人を運ばない霊柩車
先ほど、モンゴルの事例でお坊さんが自家用車(布教用車?)として霊柩車を使っていると書いたが、日本でも自分が乗るための霊柩車を購入している人はいるらしい。
芸能人の方で宮型霊柩車を所有していたり、まさかの「霊柩痛車」の写真がネットに結構あったり…案外葬儀目的以外で持っている人は多いようだ。
(;´・ω・)
ということで、今回はここまで。